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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1640号 判決 1977年5月26日

原告(反訴被告.控訴人)

株式会社梶浦組

右代表者

梶浦譲三

右訴訟代理人

市井栄作

外一名

被告(反訴原告・被控訴人)

大阪商事株式会

右代表者

金沢尚淑

引受人

準学校法人大阪経理経済学園

右代表者

金沢尚淑

右両名訴訟代理人

林弘

外三名

引受人訴訟代理人

井野口勤

主文

1  原判決を取消す。

2  引受人は原告に対し、別紙物件目録記載の土地建物について、別紙登記目録記載(七)の登記の抹消登記手続をし、かつ同登記目録記載(五)の登記の抹消について承諾せよ。

3  被告は原告に対し、前項の土地建物について同登記目録記載(一)ないし(五)の登記の各抹消登記手続をし、かつ同建物を明渡し、同土地を引渡せ。

4  被告の反訴請求を棄却する。

5  訴訟費用は一、二審とも被告と引受人の負担とする。

事実

(原判決の主文)

1  原告の本訴請求を棄却する。

2  別紙物件目録記載の土地建物(以下、本件土地建物という。)は被告の所有に属することを確認する。

3  訴訟費用は本訴・反訴とも原告の負担とする。

(原審における請求の趣旨)

一  本訴

被告は原告に対し、本件土地建物について別紙登記目録記載(一)(更正登記を含む。)(四)・(五)の登記の各抹消登記手続をせよ。

二  反訴

原判決主文2項と同旨。

(不服の範囲)

原判決全部。

(当審における本訴請求の趣旨)

一  主位的

本判決主文2、3項と同旨。

二  予備的

被告は原告に対し、二億六二〇五万五七〇〇円及びこれに対する昭和(以下略)四五年七月一四日から完済まで年五分の金員を支払え。

<以下略>

理由

一本件不動産について、別紙登記目録記載の各登記が存在することは当事者間に争いがない。

二本件代物弁済の予約の成立について

1  <証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。

原告は本件建物で貸ビル事業を経営する計画をたてていたので、本件建物の一階部分の賃借人二十数名を立退かせ、本件建物全体を改装するための資金として、一〇〇〇万円を調達する必要があつた。そこで原告代表者は、三三年六月ごろ、当時被告の代理人であつた金沢との間に、原告が被告から一〇〇〇万円を弁済期同年一一月二七日、利息三分五厘の約定で借受け、右債権担保のため、弁済期に借受金の返還をしないときは原告所有の本件土地建物をもつて代物弁済する旨の予約を締結した。そしてこの約定に基づき、原告代表者は金沢から同月一七日内金三〇〇万円を受領して、同月一八日被告のために代物弁済予約を原因とする停止条件付所有権移転登記手続をした。ついで原告代表者と金沢の両名は、同月三〇日公証人に右代物弁済の予約等に関する公正証書の作成を嘱託し、さらに原告代表者は改めて、同日被告のために形式は売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記手続をしたのち、金沢から残金七〇〇万円(ただし、三か月分の利息等を天引される。)を受領した。

以上の事実が認められる。前掲各証拠と代表者尋問の結果中この認定に反する部分は信用することができないし、他にこれを覆すべき証拠はない。

2  原告は、右代物弁済の予約は錯誤によつて無効であると主張するが、前掲原告代表者尋問の結果中これに符合する部分は信用することができないし、他にこの主張を裏づける証拠はないから、右主張は採用しない。

三本件代物弁済の予約の性質

前記認定事実によれば、本件代物弁済の予約は債権担保のための仮登記担保契約であることが明白である。仮登記担保契約においては、債務者の履行遅滞のため債権者が予約完結の意思表示をしたときは、債権者は目的不動産を換価処分する権能を取得し、原則として目的不動産を適正評価額で自己の所有に帰属させる換価方法で、その評価額から自己の債権の弁済を得ることになるが、右評価額が債権額及び換価費用を超えるときは、超過分を清算金として債務者に交付すべきである。その場合、債権者が清算金を債務者に提供するまでは換価処分は完了しないから、債務者は債務を弁済して仮登記担保関係を消滅させ、目的不動産の完全な所有権を回復することができるのであつて、清算金提供のときまでは、目的不動産の所有権は、債権者の換価処分権によつて制約されてはいるものの、なお債務者にあるものと解すべきであり、債権者が単に予約完結の意思表示をしたというだけでは、目的不動産の所有権が債権者に移転するものではない。(最高裁四九年一〇月二三日大法廷判決・民集二八巻七号一四七三頁、同五〇年七月一七日第一小法廷判決・民集二九巻六号一〇八〇頁各参照)

四訴の変更に対する異議について

仮登記担保の理論については、四二年一一月一六日の最高裁の判例によつて創設されたものであるから、その後において原告が当審でこれを援用して付加主張をするに至つたからといつて、これを時機に遅れた主張と解することは相当でない。また本件の訴訟経過からみて、原告がその付加主張を前提に訴の追加的変更をすることが訴訟手続を著しく遅滞させるものとも認められないから、この点に関する被告らの異議は理由がない。

五本件代物弁済予約の完結に至るまでの経緯等

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告代表者は、三三年二月ごろ、大阪市天王寺区で遊技場を経営している張秋庚、張秋色兄弟との間に、本件建物一階部分の賃借人を立退かせたうえで、同部分をパチンコ営業用の店舗として同人らに保証金二〇〇〇万円、賃料月額五〇万円で賃貸する約束をしていた。そのため、被告から借受ける一〇〇〇万円を右立退費用等に充当して立退を完了させれば、張兄弟から納入される賃借保証金で被告に対する債務を容易に返済することができると考え、被告代理人の金沢にも、本件金員借受の交渉の際右の返済計画を十分に説明した。

ところが原告代表者が金沢から交付を受けて現実に使用することのできた額は、借受金一〇〇〇万円から、三〇〇万円に対する三三年六月一七日から三〇日までの利息五万二〇〇〇円、一〇〇〇万円に対する六月三〇日から九月二九日までの利息一〇五万円及び登記費用七万五〇〇〇円を控除した残額の八八七万五〇〇〇円にすぎなかつたので、立退費用に不足を生じ、当時一階部分にいた賃借人二三名との間にはいずれも立退の合意が成立していたのに、結局六名の立退を完了させることができなくなつた。

そこで原告代表者は、被告に対する債務の弁済期前に、張兄弟に事情を説明し賃借保証金の一部の前払を受けて被告に対する弁済資金に充てようと考えたが、これを察知した金沢は、かねて知人関係にあつた張秋色に対し「一一月二七日を過ぎると、本件建物は自分の所有物件になる。そうなると、建物全体を三〇〇〇万円で譲渡してやるから、原告との賃貸借契約はするな。」との話を持ちかけたため、張兄弟は原告との賃貸借契約の締結を見合せてしまつた。

(二)  金沢は本件一〇〇〇万円の貸付をするに当り、その条件として、本件建物の地階部分を金沢の支配下にある新日本商事株式会社に賃貸するよう要求したので、原告は三三年六月二七日右会社との間に地階部分について賃貸借契約を締結した。それによると、同会社は同日から本件建物の地階部分を保証金三〇〇万円、賃料月額一五万円で賃借することとされていたが、原告側は金沢の要求により、保証金は原告が被告に負担する一〇〇〇万円の債務を完済したのちに支払うこと、賃料も金沢が地階部分をアルバイトサロンに改装したのちに支払うことを承諾させられ、しかも金沢はこの改装工事を原告に請負わせるかのように装つて、原告代表者に設計図まで作成させておきながら改装工事の発注をしないばかりか、地階部分を引渡も受けずそのまま放置して賃料を一度も支払わず、原告が地階部分から収益することを事実上不能にした。

(三)  原告代表者は、前記張兄弟との賃貸借がご破算になつて、被告からの借受金を予定どおり返済することができなくなつたので、金沢に弁済期の猶予を求めたところ、金沢は「おれは月三分や五分の利息を取ることが目的の金貸しではない。最初から土地建物を手に入れるつもりだつたんだ。」と豪語して、弁済期の猶予をなかなか認めようとしなかつた。そして三四年三月以降は、延期の代償として月四分五厘の遅延損害金を支払うことを原告代表者に承諾させた。

ところで、原告代表者は遅延損害金の支払のために振出していた三四年七月一五日と八月一五日を満期とする約束手形について、満期に手形金を支払うのが困難となり、金沢に対して右各手形の取立延期方を懇請した。これに対し金沢は、七月分の手形は七月三一日まで、八月分の手形は九月一五日までそれぞれ取立延期することを約束しておきながら、その約に反し右各手形を満期に各呈示して不渡りにしたため、原告は銀行取引停止処分を受け、以後ますます資金難におちいることになつた。

(四)  原告代表者は被告に対する弁済資金に窮した結果、三四年一一月ごろ遂に本件土地建物を他に売却処分して被告からの借受金を返済しようと決意し、同年一二月一〇日藤二こと小野藤次郎(以下、小野という。)との間に本件土地建物を代金六〇〇〇万円で売却する旨の売買契約を締結し、同日手付金三〇〇万円を受領した。それによると、残金五七〇〇万円のうち一三〇〇万円を、同人が原告に代つて同月二五日に被告に代位弁済する約束になつていた。ところが金沢は、原告の代理人中山から右売買契約の話を聞き、同月二〇日過ぎころ小野宅を訪れて、本件土地建物に関する被告の権利を四〇〇〇万円位で買うよう要求したため、小野は右代位弁済を取止めた。その後原告代表者の申入れにより売買契約の履行が延期されているうちに金沢は最終予期の三四年一二月二五日を徒過したとして、三五年一月二六日ごろ被告名義をもつて、原告代表者に対し書面で代物弁済の予約を完結する旨の意思表示をした。そしてその直後に、中山を言葉巧みに欺して同人とともに再び小野方を訪れ、「原告の代理人中山もこちらに協力している。原告代表者との売買を止めて自分と取引せよ。」と高圧的な態度で要求して小野を困惑させた。しかし、小野はあくまでも原告との売買契約の履行を希望していたため、その後も原告代表者との間に売買契約の履行を確認し合い、最終的には同年三月一五日に原告代表者に売買代金の内二〇〇〇万円を支払うことになつていたが、同月一三日に金沢が輩下の富田林一外一名を小野方に派遣して原告との売買を取止めるよう威迫させたため、遂に小野も右売買契約の履行を断念するに至つた。

(五)  そこで原告代表者は、同年三月末ころ中山を介して、金沢に本件土地建物の所有権移転登記手続を同年五月末日まで猶予するよう懇願してその承諾を受け、翌四月新聞広告を出して本件土地建物の買手を探したが、これを察知した金沢は、あらかじめ原告代表者から交付を受けていた所有権移転登記関係の書類を利用して、同年五月二日本件土地建物の所有権名義を被告に移転してしまつた。

(六)  本件土地建物の三三年六月当時の価格は、低めに評価しても六〇〇〇万円(先順位の抵当債務元本二〇〇〇万円とその付帯金、本件建物一階部分の賃借人の賃借権等を考慮して減額しても約三〇〇〇万円)を下らないし、また三五年一月ないし五月当時のそれは七〇〇〇万円(右の減価分を考慮しても約三〇〇〇万円)を下らない価値があつた。これに反して三五年一月二六日現在の被告の原告に対する本件貸金債権は、後記認定のとおり元本六五八万六〇〇一円及びこれに対する三四年一二月二六日以降年三割の遅延損害金にすぎなかつた。

以上の事実が認められる。当審証人衣笠展安の証言並びに前掲各証拠中、以上の認定に反する部分は信用することができないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

六公序良俗違反の主張について

前記三の仮登記担保の性質からみて、右認定の事実だけではまだ本件代物弁済の予約自体を公序良俗違反と解することはできない。

しかし、権利の行使は信義に従い誠実にこれを行うことを要するのに、被告代理人の金沢は、本件土地建物を被告に取得させることを目的として、債務者たる原告の代表者が被告に対する債務を弁済するために努力しているのをことごとく妨害し、かえつて原告が債務を弁済できないように仕向けたのであるから、このような債権者である被告は、債務者たる原告の履行遅滞の責任を問う資格はないものというべきであり、したがつて被告が原告の右債務不履行を事由として担保権の実行をすることは、信義則に反して許されないものと解するのが相当である。

七本件債務の消滅について

1  <証拠>を総合すれば、原告代表者が本件金員借受けの際金沢から交付を受けたのは、三三年六月一七日に三〇〇万円、同月三〇日に五八九万八〇〇〇円(七〇〇万円から、三〇〇万円に対する六月一七日から三〇日までの利息五万二〇〇〇円と、一〇〇〇万円に対する六月三〇日から同年九月二九日までの利息一〇五万円を控除した額)であり、原告は右利息以外に原告主張(付加主張の2の(一))のとおり、三四年一一月二五日までの間に合計五〇三万円を支払つたことが認められる。

したがつて、右について制限利息超過の分を元本に充当してその債務残高を計算すれば、別紙計算書(ただし、三四年七月一〇日から一〇月二六日までの各元本額を「七〇九万七四九二円」に、同年一一月二五日のそれを「六八六万六六八六円」に同年一二月二五日のそれを「六五八万六〇〇一円」に各訂正する。)のとおり元本残高は六五八万六〇〇一円であり、これに対する三四年一二月二六日以降年三割の遅延損害金債務が残存することになる。

2  本件土地建物の占有による損害

<証拠>を総合すると、原告は本件土地建物の管理を中山に託していたが、金沢は中山を買収して、原告の意に反することを知りながら、三九年四月ごろ中山に立退料を交付して、同人から被告に本件土地建物の占有を移転させたことが認められる。そうすると、被告が本件土地建物について占有を開始したことは、原告に対する関係では不法行為になるから、被告はこの占有を継続することにより、原告に対し本件土地建物の賃料相当の損害を負わせていることになる。

<証拠>を総合すると、本件土地建物の三九年五月当時の賃料相当額は、低く見積つても一か月八五万円を下らないものと認められ、この額がその後低下したことを認めるに足る資料がない。そうすると、原告が相殺の意思表示をした四七年一月一九日現在で、右賃料相当額の合計は、一か月八五万円の額がその後も上昇しないと仮定しても、三九年五月から四六年一二月まで九二か月分で七八二〇万円存在することになる。しからば同日現在の原告の債務(元本六五八万六〇〇一円及びこれに対する三四年一二月二六日から四七年一月一九日まで年三割の遅延損害金計二三八四万四九三一円、以上合計三〇四三万〇九三二円)は対当額で相殺され、すでに消滅したことが明らかである。

したがつて、前記六の説示に反し被告の担保権の実行が許されるものとしても、本件においては、前記認定のように本件土地建物の評価額が被告の債権額を超過しており、清算金の交付を要する場合であるのに、原告の前記相殺の意思表示の前に被告が清算金の提供をした事実が認められないから、結局原告は右相殺によつて仮登記担保関係を消滅させ、本件土地建物の完全な所有権を回復することができたことになる。

八被告と引受人の関係について

<証拠>を総合すると、引受人は東大阪経理経済専門学校を設置するために四三年四月一九日設立された準学校法人であるが、当初からその資産の大半を金沢が実権を有する会社(被告も含む。)からの寄付に仰いでおり、しかも四八年四月一日には金沢が引受人の理事長に就任し、被告ともども引受人を自己の実質的支配下に置いていること、引受人は四五年二月二日被告から本件土地建物の寄付を受けたといいながら、当時の理事長鯉谷義雄は本件土地建物に付着した抵当権や賃借権の負担等に全く関心を示さず、登記簿を閲覧したことさえないこと、寄付以後も被告が従前同様本件建物で簡易宿泊所等を経営しており、準学校法人たる引受人が本件土地建物を占有している外観は全く存在しないことが認められる。

右認定事実によれば、被告から引受人への寄付は、本件土地建物についての原告の返還請求を困難にするため、金沢が実権を有する法人相互間で所有名義を移動したものと推認できないわけではなく、仮にそうでなくても、少くとも引受人は本件土地建物の所有名義が原告から被告に移転した事情並びに清算手続未了で本件訴訟が係属中の事実を十分承知のうえで、本件土地建物を取得したものと認めることができる。

そうであるなら、全く善意の第三者に対する場合と異なり、原告は引受人に対し本件土地建物の取戻しを請求することができるものといわなければならない。

引受人は民法一七七条の第三者に該当すると主張するが、右のように害意のある引受人は、債権者たる被告と同視すべき存在に該当するから、民法一七七条の第三者に該当しない。

九そうすると、被告は原告に対し、本件土地建物について別紙登記目録記載(一)ないし(五)の登記の各抹消登記手続をし(同(二)(三)登記についてはその登記原因の主張がないが、本件貸金債権担保のためのものであることが弁論の全趣旨に徴して明白であるから、抹消義務を免れない。)、かつ本件建物を明渡し、本件土地を引渡す義務がある。

また引受人は原告に対し、同登記目録(七)の登記の抹消登記手続をし、同(五)の登記の抹消について承諾する義務がある。

一〇被告の反訴請求について

前記のとおり原告の債務の消滅によつて、原告は本件土地建物について完全な所有権を回復したのであるから、被告の反訴請求は失当である。

一一結論

以上のしだいであるから、これと異なる原判決を取消して、原告の主位的請求を認容し、被告の反訴請求を棄却し、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(前田覺郎 藤野岩雄 中川敏男)

物件目録<省略>

登記目録<省略>

計算書<省略>

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